ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

タケオさん 3

ミユキちゃんの話によると、マリコ母さんは猫をテーマにした刺繍の展覧会を観るために、その町を訪れた。そして、会場になっていた小さなギャラリーの前で、濃いグレーの大きな猫が丸くなって寝ているのを見つけた。マリコ母さんには、その猫が『ごまのおはぎ』のように見えたそうだ。それで、ふとおはぎが食べたくなったらしい。

そこで、展覧会の受付の女性に近くにおはぎを売っている店があるかをたずねた。教えてもらった商店街に行ってみると、行列ができているところがあった。年老いたご夫婦がきりもりしている地元で人気の和菓子屋さんだ。おはぎは週に2回しか作らないので、皆楽しみにしているのだという。

マキさんとは、その行列に並んでいるときに知り合ったそうだ。マリコ母さんが地元の人間ではないとわかると、その和菓子屋さんの使っている材料の特長を農家さんのことまで、丁寧に解説してくれた。そして『この町の宝物をぜひぜひ、食べてみて欲しい』とまで言った。

マリコ母さんも、ものづくりに関わっている人たちが大好きだったが、自分の娘よりも若いマキさんが地元の小さなお店をたいせつに思う気持ちに心を打たれたようだ。そこで、2人は意気投合して連絡先を交換し、それ以来、しょっちゅう電話で話をしたり、時にはマキさんがマリコ母さんの店にお茶を飲みにくる、ということもあった。

それが、6年前の話だ。そして、一昨年のこと、マリコ母さんにマキさんから『和菓子屋が閉店してしまう!』と連絡が入った。マリコ母さんは急いでマキさんの町に駆けつけた。

マキさんは和菓子屋の奥さんに
『おばちゃん、お店、やめないで』
と訴えかけた。奥さんの話ではお店のご主人が腰を痛めてしまい、後継ぎもいないのでこの辺が潮時かと思う、との事だった。

奥さんは、いきなり押しかけた2人を厭な顔ひとつせずに座敷に招き入れ、おまんじゅうとお茶を出してくれた。
『こんなに美味しいあんこは絶対に残さなければなりませんよ。どうか、私にも手伝わせていただけませんか?』
マリコ母さんが頭を下げたとき、座敷の隣の部屋から、濃いグレーの大きな猫がのそのそと入ってきた。そして、マリコ母さんの膝の上に前足をのせた。
『あら、あなた、いつかのごまおはぎちゃんじゃない?』

マリコ母さんは奥さんに初めてこの店を訪れた経緯を話した。奥さんは得意客のマキさんや自分の家の猫と縁のあるマリコ母さんを信頼することにした。そして、女性3人と大きなおはぎを思わせる猫による『和菓子屋再生プロジェクト』が始動することになった。


ミユキちゃんは一息に話すと、冷めたコーヒーをごくごくと飲み干した。
『そうそう、ごまおはぎちゃんの写真あるのよ。ほら』
丸くなって寝ている濃いグレーの猫。顔が見えないので、本当にごまのおはぎのようだ。次の作品づくりのヒントになりそうだ。

『タケちゃん、今、なにかひらめいたでしょ?』
『あ、わかるの?』
『わかるわよ。仕上がったら、見せて。マキちゃん達にも見せたいから。ちなみにね、和菓子屋さんの奥さんはタケちゃんのファンらしいわよ。ママは自分の甥だとは知らせていないみたいだけど』

マリコ母さんのそういうところが、僕は好きだ。ミユキちゃんはよく『マリコのマは巻き込むのマ』と言うけれど、人が困るような巻き込み方は絶対にしていない。

マリコのマは巻き込むのマ、だけどね、マキちゃんの巻き込む力もママに負けていないのよ』
時々、ミユキちゃんには僕の心の声が聞こえているのではないか、と思うことがある。
『どういうこと?』
『お土産にくれた羊羹、作っているのって、マキちゃんの旦那さんなの。それにね、マキちゃんの妹さんはあの喫茶店のインテリアに関わっているのよ。本業は雑貨屋さんなんだけどね』
『類は友を呼ぶ、かな?』
『そうなのよ』

そろそろ、コーヒーをもう一杯飲みたいな、と思っているところにピンク色の髪のスタッフさんが近づいてきた。
『コーヒー、もう一杯飲むわよね?』
やっぱり、ミユキちゃんには僕の心の声が聞こえているのかもしれない。