ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

トモヨさん 3

ミユキさんが『乙女』と評したこのお店の小ぶりな玉子サンドでは、お兄ちゃんのお腹は満たされていないようだ。視線に気付いたスタッフさんがオーダーを取りに来てくれた。フリルのついたエプロンが、とても似合っている人だな。

 

ゴルゴンゾーラのホットサンドとブラジルをください。2人は? 何か追加しないの?』
『ミユキさん、どうしますか?』
『そうですね、じゃあ私はコロンビアを』
『ウィンナコーヒーをください』
スタッフさんは銀のきれいなボールペンで私たちのオーダーを書きとめて、カウンターに戻って行った。私はウィンナコーヒーが大好きなのだけど、最近は置いていないお店も多い。もしかして、お兄ちゃんは敢えてウィンナコーヒーのあるお店を選んでくれたのかもしれない。

 

お兄ちゃんはミユキさんのタブレットを慣れた手つきで操って、今回の企画に参加するお店の画像を眺めていた。

ハーブティーのお店もあるの? マリコさんってコーヒーしか飲まない、と思ってたよ』
『まあ、基本的にはね。このお店はね、ママが頼りにしている鍼灸師さんの奥さんにおまかせしているのよ。施術の後に奥さんが淹れてくれたハーブティーが、とても美味しかったんですって。それで、鍼灸院の敷地に増築してカフェも始めたの。マリコのマは巻き込むのマ、だものね』
『目に浮かぶね。マリコさんが鍼灸師さん夫婦にカフェのパースを見せるところが』
お兄ちゃんは面白そうに笑っている。

『その鍼灸院、行ってみたいな。最近、どうも細かい字を見ていると、目がね』

『行くのはいいけど、離島よ。トモノリさん、日帰りできるかしら?』

『あはは、さすがマリコさんだね。行動範囲が広い』

『それでも昔に比べたら、おとなしくなったわ。最近はマンションの近くの店に出ることが多いもの』

 

ミユキさんはタブレットに手を伸ばして、画像を変えた。

『ほら、この店よ。ママのマンションから歩いて5分なの』

覗き込むと、そこには文豪たちの名作がずらりと並んだ本棚のあるお店が。マリコさんが好きな作品を自分でデザインして製本したもので、お客さんたちが気軽に読めるように、と喫茶店に置いてあるらしい。

吾輩は猫である』『猫と庄造と二人のをんな』『青猫』他にも『猫』を含むタイトルが、たくさん並ぶ。国語の教科書で見たことのある名前や『はじめまして』の名前も連なっている。

 

『ここはね、旧かなの文章の美しさをコーヒーとともに味わって欲しい、と言って始めた店なの。最近、ママは週に1度はこの店にいるわ。ここの本を読みに通ってくる若いカップルさんと話すのが嬉しいみたい』

ミユキさんはまた、タブレットの画像を戻してお兄ちゃんに預けた。

 

『あ、栞さんのところだ。画像で見ると、少し印象が変わるね。だけど、やっぱりここは僕の心のふるさとだなぁ』
『ありがとう。そう言ってもらえると、私もママも本当に嬉しい』
心のふるさと、か。お兄ちゃんが本当にお世話になっています。マリコさんもお兄ちゃん同様に、かなりの猫好きだという。お兄ちゃんが新入社員の頃からの付き合いで、猫の話題ですっかり、意気投合したそうだ。猫グッズだらけのお店、話にはよく聞いているけれど、私はまだ1度も行ったことがない。

 

ミユキさんは私がイメージを膨らませやすいように、それぞれのお店の歴史や店長さんたちとのエピソードをこと細かに話してくれた。ミユキさんの何気ない言葉のひとつひとつから、ミユキさん親子の『喫茶店への愛』が伝わってくる気がしていた。


『ほら、トモヨ。うぃんにゃーコーヒーが来るぞ。よかったにゃー』
この言葉からも、お兄ちゃんの『猫たちへの愛』が伝わってくるような? ちょっと、違うか。