ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

2022-01-01から1年間の記事一覧

サトルさん 4

モンブランの上にのった栗を一口で食べて、ミユキさんは言った。 『私たちが子どもの頃って、モンブランと言えば黄色い栗のペーストに黄色い栗がのっていましたよね』年齢不詳だと思っていたが、黄色いモンブランを知っている年代なんだな。 『そうそう、土…

サトルさん 3

ミユキさんのところは、ヨシコのようにサンダルでふらり、と来られるという距離ではない。飛行機を使っても、おかしくはないぐらいだ。ここはいわゆる観光名所というわけではないし、何かのイベントが行われている時期でもない。それに、遠いところまでわざ…

サトルさん 2

ヨシコが帰った後やや経って、サワコさんが入ってきた。長い髪をゆるやかに後ろで束ねて、袖を捲った白い麻のブラウスを着ている。 『サトルちゃん、こんにちは。おむすび、よかったら後で食べて』 砥部焼の皿には『おむすび』が3つ、きれいに並んでいた。…

サトルさん 1

サンダルにエプロンという気楽な恰好のままで、ヨシコが入ってきた。いくら隣同士とはいえ、エプロンぐらい外してきてもよさそうなものだ。『サトルちゃん、ホット』 『なんだ、おにぎり屋。暇そうだな』 『おにぎりじゃないわ。おむすびよ』 『どっちだって…

栞さんのボンボニエール 7

きょうのランチセットはどうしても、ひよこ豆のカレーにしたいと思った。どうしてなのか、誰かが食べたがっている気がしてならなかった。だけど、このメニューは男性のお客さんにはあまり人気がないみたい。めずらしくランチタイムに現れたトモノリさんにも…

ルリコちゃん 4

気がつくと、私はルリコさんが置き忘れていった本に読み耽っていた。後半のページの間から栞紐があらわれる。初々しさが大切なの 人に対しても世の中に対してもその栞紐に絡まるようにして、この言葉が私の目の前にあらわれた。以前、リビングで本を読んでい…

ルリコちゃん 3

ルリコさんに話したいことが、たくさんあった。先週観た映画のこと、絹さやの玉子とじが思いのほか上手くできたこと、エレベーターで乗り合わせた同じマンションの猫に『シャー』と威嚇されたこと…こんな他愛もない話は、そばにいるからこそできる話だ。これ…

ルリコちゃん 2

マリコさんの淹れるカプチーノにはカップの表面ぎりぎりのところまで、ホイップしたクリームがのせられている。こぼさないようにそっと、シナモンスティックでかき混ぜる。ほのかな甘みにホッとする。私は秘かに『マリコ・スペシャル』と呼んでいた。カップ…

ルリコちゃん 1

ルリコさんが手紙をくれた。同封されていた可愛らしいポラロイド写真を、マリコさんにも見せたい。 『マリコさん、こんにちは』 『あら、ルリコちゃん、いらっしゃい。元気だった?』 マリコさんは切子のグラスを拭く手を止めて、私に声をかけてくれた。マリ…

ティピカちゃんねる 1

皆様、ごきげんよう。私の名前はティピカと申します。人間と暮らして10年以上が経ち、今ではどうにか人の言葉も理解できるようになりました。相棒のふとした気紛れで、住み慣れた土地から 蕎麦の名産地である、この町に移り住むようになりました。私の相棒の…

シュンスケくん 4

マスターのお姉さんが、俺たちのケーキを運んできてくれた。そして、アサミ先輩の爪の桜を褒めた。先輩はいつものほんわかした表情に戻っていて 『お姉さんも、やったら? 絶対、似合うと思うよ』 と言った。お姉さんも嬉しそうに 『あら、そうかしら? こん…

シュンスケくん 3

新聞を読んでいたサラリーマンの人たちが帰ってしまうと、お客さんは俺たちの他にはマスターよりも、かなり年上に見えるご夫婦らしい2人だけになっていた。オルゴールのBGMが似合う人たちだな、と思う。マスターがアサミ先輩を冗談とも本気とも取れるように…

シュンスケくん 2

マスターはアサミ先輩に『やっぱり、ブルーベリーよりも苺の方が合うだろうか?』などと相談していた。アサミ先輩は『このスコーンの色と形なら、苺の方がかわいいと思うなぁ』と、答えていた。マスターはメモを取りながら、聞いていた。そして、窓の外の猫…

シュンスケくん 1

アサミ先輩は店の前の食品サンプルが飾られているガラスケースの前にしゃがんで、猫を撫でていた。俺に気づくと、大きく手を振る。 『すみません。遅くなっちゃって』 『だいじょうぶだよー。まだ5分しか過ぎてないし。この子と遊んでたから平気だよ。じゃ…

栞さんのボンボニエール 6

お仕事の帰りに寄ってくださったお客さんをお見送りして、一段落。そろそろ閉店の時間だ。 きょうは朝から忙しかった。朝1番に、店の電話が鳴る。チサトさんからだった。前に話していたかぎしっぽの猫ちゃんを保護したという。すぐに携帯に動画が送られてき…

イネコさん 4

ティピカさんはお父さんの膝の上で、すっかりと寛いでいた。ときどき喉をゴロゴロと鳴らしている。お父さんはブルーマウンテンを2杯飲み終えると、腕時計に目をやって 『今からゆっくり歩いて行ったら、次の汽車に乗れそうだな』 とつぶやいた。ママがカウ…

イネコさん 3

映画の悪役のような男の人がかがんで両手を差し伸べると、ティピカさんはひょいとその腕の中に入っていった。私にはそのとき、ティピカさんが『オトーチャン』と言ったように聞こえた。 ティピカさんは嬉しそうに、何度も何度も男の人の肩に頭をすり寄せてい…

イネコさん 2

私のおばあちゃんは、この店をとても気に入っている。ずっと住んでいた場所の喫茶店のコーヒーを思い出すそうだ。都会でのひとり暮らしの方が性にあっていたが、ひとり息子が年寄り扱いして自分の側に呼び寄せたのだ。父はおばあちゃんと同居したかったよう…

イネコさん 1

重たい木のドアを押すと、ドアベルがやさしい音を立てる。 『いらっしゃい』 ママがアルトの声で迎えてくれる。きょうはまだ、誰も来ていない。ママの声を合図のように猫がカウンターから、するりと現れる。私はカウンターの奥から3番目の席に座る。カウン…

栞さんのボンボニエール 5

雪のせいか、お客さんが少ない。にもかかわらず、トモノリさんの指定席には女性3人のグループが。やれやれ、という表情でカウンター席に座ったトモノリさんの目が訴えてくる。 『栞さーん、他のテーブルみんな空いてるのに何で僕の席だけ? ねえねえ』 ごは…

アキノブさん 4

女の子がピアノを弾き終わると、タカコさんはまたマンガ本を読み始めた。金髪の彼が水を注ぎに来てくれたので、またコーヒーを追加した。彼はエプロンに挿してあるボールペンを取るのに、もそもそとしていた。やたらと背の高い彼は黙っていたら、人に威圧感…

アキノブさん 3

金髪の彼が、たくさんのフルーツと生クリームが添えられたプリンをタカコさんの前にガタンと音を立てて、置いた。そしてコーヒーの茶碗と受け皿をカチャカチャいわせながら、俺の前に置いた。彼がカウンターに戻ったのを確認してから、俺たちは運ばれてきた…