ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

栞さんのボンボニエール 6

お仕事の帰りに寄ってくださったお客さんをお見送りして、一段落。そろそろ閉店の時間だ。
きょうは朝から忙しかった。朝1番に、店の電話が鳴る。チサトさんからだった。前に話していたかぎしっぽの猫ちゃんを保護したという。

すぐに携帯に動画が送られてきたが開店準備の途中だったので、ついそのままになっていた。
いつもならランチタイムが過ぎると一息つく時間があるのだけれど、きょうはそれもままならなかった。

食器の片づけは後にして、まずは動画を見てみようか。カフェオレ色の帽子とジャケットを羽織ったような模様の白い猫ちゃんだ。そして、同じカフェオレ色のかぎしっぽ。

文房具屋さんのマサヨさんに頼まれていた話だけれど、このカフェオレ色を見ていたら、うちの看板猫にしたいぐらいだ。誘惑に負けないで、ちゃんと連絡しないとね。

マサヨさんのお店は結構、夜遅くまで営業している。夜に文房具を買いにくる人が、そんなにいるのかと思うけれど、会社帰りのサラリーマンの人がブラブラと見に来て万年筆などを買って行くこともあるという。時には、小学校の頃に買って貰えなかったキャラクターの文具や仕掛けのたくさんついた筆箱を買って帰る人もいるようだ。

お店の2階が住居になっているので、遅くまで開けていても負担にはならないようだ。お客さんがいない時はラジオを点けている。

電話をすると、息子さんに店番を頼んですぐに行く、という返事だった。受話器からラジオの音が聞こえてくる。

マサヨさんがお店用のエプロンにダウンジャケットを羽織った恰好で入ってきた。ご近所同士の気楽さだ。
栞ちゃん、お疲れさま。そこで、ちょうど焼き芋屋さんにあったの。ひとつずつ買ってきちゃった』
と、ポケットから紙袋に入ったお芋を差し出す。

閉店後の喫茶店でおばさん2人が、焼き芋を囓りながら猫ちゃんの動画に見入っている。長閑だなぁ。昼間の忙しさが嘘みたい。

『ほら、この子。カフェオレみたいな色の模様の。しっぽが、見えるかしら? あ、見えた。ちょっと待って』
かぎしっぽがしっかりと見えるタイミングで動画を止める。
『うーん、ほれぼれする見事なかぎしっぽよのう。余は満足じゃ』
『でしょう? この頭の斑も帽子みたいで可愛いし』

すっかり気に入ってくれたみたい。あとは猫ちゃんの気持ち次第だ。あした早速チサトさんに連絡してみよう。

焼き芋で空腹を免れたので、コーヒーを淹れよう。マサヨさんはいつもミルク多めのブラジルだ。きょうは私も同じものにしよう。ミルクたっぷりのコーヒーはかぎしっぽ猫ちゃんの模様と同じ色になった。

コーヒーと一緒に、いつものボンボニエールを真ん中に。きょうの中身はピスタチオのチョコだ。
『いつも思うけどこの容器、素敵よね』
『子どもの頃に祖母にもらったの。もう40年近い付き合いになるわ』
栞ちゃんって、おばあちゃん子なのね。私もそうなの。私がかぎしっぽの猫を探していた訳も、祖母に関係しているのよ』
『その話、聞きたいな』

マサヨさんはチョコを食べる手を止めて、話し始めた。今の文房具屋さんはマサヨさんのおばあさんが始めたそうだ。ある日、女子学生が作家を目指す弟に最高の万年筆を贈りたいが、どうしても都合がつかないという。おばあさんは毎月少しずつ支払ってくれればよい、とそのお嬢さんに万年筆を渡した。それからお嬢さんは毎月必ず、少しずつでも支払いに通い続けた。2年目が過ぎたある月から、お嬢さんはぱったりと来なくなってしまったそうだ。おばあさんは心配しつつも、何か事情があるのだろうと思っていた。次の月、いつもお嬢さんが来ていた頃にかぎしっぽの白い猫が店の前に現れた。

おばあさんは野良猫だと思い、煮干しを食べさせた。猫は次の月も、そのまた次の月もやってきて、煮干しを食べて帰った。そして、段々と居つくようになった。

幼かったマサヨさんは猫のしっぽが曲がっているのが不思議だったという。
『これは、かぎしっぽと言ってね、しあわせをかき寄せてくれると言われているのよ』
おばあさんの言葉どおり、かぎしっぽの猫が来てからはお店のまわりに会社や学校ができて、お客さんが次第に増えていったのだそうだ。

『不思議なお話ね。かぎしっぽ猫ちゃんのおかげなのかしら?』
『祖母は、ずっとそう思っていたわ。祖母は今、施設に住んでいるけれど最近、記憶がおぼろげになってきてね。私のこともわからないことがあるの。かぎしっぽの猫に会わせたら、何かよい影響があるかもしれないと思ってね』

そういう事情だったのね。早く、おばあさんに猫ちゃんを会わせてあげたいな。チサトさんに頼めば、どうにかなるだろう。

作家を目指した弟さんと、そのお姉さんは今ごろどうしているのだろうか。いつか、このカフェオレ色のかぎしっぽ猫ちゃんが教えてくれるかもしれない。そう思いながら、冷めたミルクたっぷりのコーヒーを飲んだ。