ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

アキノブさん 4

女の子がピアノを弾き終わると、タカコさんはまたマンガ本を読み始めた。金髪の彼が水を注ぎに来てくれたので、またコーヒーを追加した。彼はエプロンに挿してあるボールペンを取るのに、もそもそとしていた。やたらと背の高い彼は黙っていたら、人に威圧感を与えかねない。だけど、その不器用さが、愛嬌になっているタイプのような気がする。焦らなくてもいいからな、と励ましたくなる。

彼を見ていて、甥っ子たちのバスケットの試合を思い出す。勝ったジュリのチームに1人、やたらと不器用な子がいた。その子が相手方を戸惑わせて、ペースを乱していた。そこをねらって味方にパスをしていく、という策のようだ。ある特徴が使い方しだいで長所にも短所にもなるものだな、と思う。

ピアノの音が止むと、他の席の会話が聞くともなしに耳に入ってくる。
『これね、おみやげ。ダンナさんの親戚の人たちと泊まりがけで温泉に行ってきたの。その町の喫茶店で買ったの』
『あら、かわいい猫ちゃん。ティピカって読むの?』
『ティピカって、お店の名前なの。カウンターだけの小さなお店だったわ。そして、このイラストは看板猫のティピカちゃん。絵の得意な常連さんが描いたらしいわ』
『ありがとう。素敵なペンケースだわ』
『温泉のおみやげらしくないけど、あなたはお饅頭は食べないだろうな、と思って』

看板猫のいる店か…。ちょっと行ってみたい気がする。子どもの頃、兄とよく野良猫に給食の残りを持って行ったことを思い出す。社宅だったから、家には連れてくることができなかった。

静かな店の中に、金髪の彼の大きな声が響いた。
『かしこまりました。ありがとうございます! またのご来店をお待ちしてます!』
と、深々と頭を下げている。おじいさんが会計をして、店を出て行くところだった。大きな花束を持った後ろ姿、背筋がピンと伸びている。あの花束を受け取るのは、どんな人だろう。

タカコさんはマンガ本を読み終えたらしく、また煙草に火を点けた。マンガ本はタカコさんにとって、親友の栞さんとなかよくなるきっかけになったたいせつなものだそうだ。だから俺はタカコさんにはよく、マンガ本をプレゼントしていた。

だけど、おじいさんの花束を見ていたら、たまには花もいいかな、という気がした。タカコさんにはどんな花が似合うだろうか。

タカコさんはコーヒーの残りを飲み干して言った。
『私たちも、そろそろ帰ろうか。本屋さんに寄って行ってもいい?』
花よりなんとか、というけれど俺がタカコさんに花をプレゼントできるようになるには、俺があのおじいさんぐらいの年齢にならないといけないのかもしれない。

会計をしようとすると、金髪の彼が小声でおじいさんが払ってくれたと言った。不器用で大声の彼だけど、秘密の話もできるようだ。長身と金髪が、とても紳士的に見えた。