ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

シュンスケくん 2

マスターはアサミ先輩に『やっぱり、ブルーベリーよりも苺の方が合うだろうか?』などと相談していた。アサミ先輩は『このスコーンの色と形なら、苺の方がかわいいと思うなぁ』と、答えていた。

マスターはメモを取りながら、聞いていた。そして、窓の外の猫に気づいた。
『あ、マメタロウだ。きょうは遅かったな。いつもは開店前に来るんだよ』
『あの猫、マメタロウっていう名前なんですね』
『いや、俺が勝手にそう呼んでいるだけ。床屋の父さんはアフロって呼ぶし、花屋の姉さんはコブシちゃんだし、この間はサユリって呼んでる人もいたなぁ。だけど、あいつはえらいよね。誰がどう呼ぼうが、自分のペースをくずさないでいられるから』

マメタロウ、アフロ、コブシちゃん、サユリ、マスターの話しぶりだと、まだまだ他にも名前がありそうだ。俺はずいぶん前に叔父さんと一緒に聴きに言った落語の『寿限無』のことを思い出していた。マスターは『マメタロウ』にごはんをあげに外に出て行った。

『先輩、俺たちもあの猫に名前をつけようよ』俺たちの『たち』に少しだけ、力が入ってしまって、自分でも驚いた。アサミ先輩は特に気にする風もなく
『そうだねぇ、何がいいかねぇ? まぁるいお顔のにゃんこだね』
と言って、猫を眺めた。
焦げ茶色の中に、細かい黒の斑がある複雑な模様をした猫だ。全体的にごちゃごちゃした柄だったが、しっぽの先だけが白くて、白い色鉛筆みたいだった。そのことを言うと先輩は
『エンピツちゃん、何かちがうなぁ。モクタン、ネリケシ…もっとちがうなぁ。うーん…』
と考え始めた。俺も
パステル、チョーク、エアブラシ。何か、画材の名前ばっかり浮かんじゃいますね』

アサミ先輩は気を取り直すように、水の入ったグラスに口をつけた。
『あ、そうだ。クレヨンは?』
『クレヨン、いいかも。パステルじゃ、ちょっとあの丸顔には合わないですよね』
『じゃあ、クレヨンに決定だね』
俺たちの間に、合言葉ができた気がした。

2人で窓の外をのぞくと、クレヨンはマスターからもらったごはんの皿をすっかり空にして、丸くなって寝ていた。
『クレヨン、丸くなってるとチョコドーナツみたい』と先輩が笑う。
『チョコと言えば、このあいだくれたチョコ、めちゃくちゃうまかったです』
『あ、ホント? よかった』

バレンタインの日、アサミ先輩は部活が終わった後で、部員全員に手作りのチョコを配ってくれた。中にはひとりずつにメッセージカードが入っていて、俺のには『いつも、部室の机をきれいに並べておいてくれてありがとう』と書かれていた。みんなが集まる前にしていることだし、誰にも知られていないと思っていたけど、先輩は気付いていたらしい。

クラスの女の子3人からもチョコはもらったけれど、先輩からもらえたことがいちばん嬉しかった。まあ俺にだけ、くれたわけではないけど。

『あんなにうまいチョコが作れるなら、先輩、プロになれると思うな』
『おおげさだよぉ。でも、気に入ってもらえたなら、嬉しいよ。ありがとうね』
『いや、アサミちゃんには確かにお菓子づくりの素質があるぞ。このあいだ、俺にくれたクッキーも美味しかったよ。どうだ、卒業したら家で働かないか?』
マスターが、いつの間にか話に入ってくる。

『やっぱり俺にだけ、というわけじゃないんだよなぁ、アサミ先輩は』俺は窓の外で毛づくろいを始めたクレヨンにそっと、心の中で話しかけた。