ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ルリコちゃん 1

ルリコさんが手紙をくれた。同封されていた可愛らしいポラロイド写真を、マリコさんにも見せたい。
マリコさん、こんにちは』
『あら、ルリコちゃん、いらっしゃい。元気だった?』
マリコさんは切子のグラスを拭く手を止めて、私に声をかけてくれた。マリコさんの側には他にもいくつかの切子のグラスが、順番待ちのように並んでいた。

久しぶりにマリコさんとお喋りがしたかったので、カウンター席に座ってカプチーノを頼む。
『きれいなグラス。江戸切子?』
『そうなの。体験会に行ってきたのよ』
『え? じゃあ、これマリコさんが?』
『そう、楽しかったわー』

薄い緑色にはふきのとう、薄い茶色には土筆がそれぞれに刻まれている。とても、初めての人の作品には思えない。マリコさんの家系には、職人さんが多いらしい。だから、自然とそういう感性が養われているのかもしれない。マリコさんは子猫をそっと、撫でるような手つきでまたグラスを拭き始めた。

『ルリコさんがね、手紙をくれたの。新しい生活にも、慣れてきましたって。マリコさんのコーヒーにとても似たコーヒーを飲ませてくれる喫茶店があるから、頼もしいって』
『そう、よかったじゃない。ルリコさん、喫茶店がないと、青菜に塩だから』
『お店で写したポラロイドも送ってくれたの。ほら』
美しいブルーの封筒から、2枚のポラロイドを出して見せる。
1枚は猫が前足で、花瓶に挿した梅の枝に触れている写真。もう1枚は白いカップに入ったコーヒーと貝の形のマドレーヌの写真。ルリコさんは新しく移り住んだ町で目にしたものを、ポラロイドカメラで撮影しながら自分の生活と結びつけていったようだ。写真を見たマリコさんが驚いたような声で言った。

『え、この子ティピカ? ティピカよね? ジュンコさんのところの』
マリコさん、どうして?』
確かに、ルリコさんの手紙には『毎日、ティピカという看板猫がいる喫茶店に通っています』とある。

マリコさんはあちこちで喫茶店を経営していて、その数は20店舗を超えている。ジュンコさんは、そのうちのひとつの常連さんだったそうだ。ルリコさんが引っ越した町で、10年以上前に喫茶店を開いた。マリコさんはそのお店にコーヒー豆を卸しているという。それなら、コーヒーの味が似るのも当然だ。ルリコさんは新しい環境でも、自分にとって居心地のよい場所を嗅ぎわけたようだ。私は改めて、この自分と同姓同名の先輩の様子を嬉しく思った。