ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

イネコさん 2

私のおばあちゃんは、この店をとても気に入っている。ずっと住んでいた場所の喫茶店のコーヒーを思い出すそうだ。都会でのひとり暮らしの方が性にあっていたが、ひとり息子が年寄り扱いして自分の側に呼び寄せたのだ。

父はおばあちゃんと同居したかったようだが、おばあちゃんは『それだけは、勘弁してほしい』と言ったらしい。私もおばあちゃんも、毎日この店に来ているが、ここで顔を合わせることはほぼない。私は朝に、おばあちゃんはお昼過ぎに来る、という暗黙の了解がある。おばあちゃんには『ネコちゃんのおばあちゃん』ではなく、ただひとりの『ルリコさん』でいるための時間がとても、たいせつなように思うからだ。

梅の花をながめていたティピカさんは、いつの間にか椅子の上で丸くなって寝ている。時々、しっぽをパタパタさせている。

蕎麦屋さんの奥さんは、贔屓のプロ野球チームの新しい監督の活躍を楽しみにしていることを熱く語って、ママはそれを静かに聞いていた。


アベルが静かに音を立てて、そっと覗き込むようにしながら若い男の人が入ってきた。この辺の人じゃないみたい。ティピカさんは薄目を開けたが、またすぐに寝てしまった。気のせいかもしれないけど、ティピカさんは男の人にはそっけない。

男の人は入口から1番近い席に座って、トーストとダージリンティーを注文した。
『この近くで、映画の撮影に使われた公園があると聞いたのですが…』
蕎麦屋さんの奥さんが前掛けのポケットからメモ用紙とボールペンを出して、地図を書きながら説明している。

『ああ、そう。わざわざ会社を休んで来たの。あの映画の女優さんね、その公園の近くの和菓子屋さんのどら焼きが好物なのよ。よかったら、寄ってみてね』
『本当ですか? 僕もどら焼き好きだから、何だか嬉しいです』

奥さんと男の人はすっかり打ち解けて、映画の話をしている。奥さんは顔真似付きで映画の名科白を語る。男の人が楽しそうに笑う。ティピカさんはぐっすり眠っている。ママはにこにこして2人のやりとりを見ている。私はコーヒーをおかわりしよう。

男の人はダージリンティーを飲み終わると
『じゃあ、行ってみます。帰りにお蕎麦も食べに寄りますね』
と、足取り軽やかに出て行った。

『さあ、私もそろそろ戻らないと。じゃあ、ネコちゃんごゆっくりね』
奥さんが店を出ようとすると、熟睡していたはずのティピカさんがパッと目を覚まして駆け寄った。
『ティピちゃん、またね。おりこうさん』
ティピカさんは奥さんが出て行ったドアの前に暫くずっと座っていた。

静かになった店の中で、梅の花をながめる。スープの冷めない距離に住むおばあちゃんの家に遊びに行くと、いつもあちらこちらにバラの花が飾ってある。なので、おばあちゃんが梅の花を持ってこの店に来たということが意外に思えた。

ドアの前に座っていたティピカさんが、ママの方を振り返ってニャーニャーと鳴く。何かを訴えているようだ。
『なぁに、ティッティ? 開けてほしいの?』
ママがドアを開けると、外には映画の悪役のような顔をした男の人が立っていた。