ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

栞さんのボンボニエール 5

雪のせいか、お客さんが少ない。にもかかわらず、トモノリさんの指定席には女性3人のグループが。やれやれ、という表情でカウンター席に座ったトモノリさんの目が訴えてくる。
『栞さーん、他のテーブルみんな空いてるのに何で僕の席だけ? ねえねえ』
ごはんの出し方に物申すときの猫みたいな顔をしている。

3人の女性たちがトモノリさんの事情を知る筈もなく、声高らかに話し続けている。ボンボニエールを開けて、いつもの深煎りモカのソーサーにアーモンドチョコを2つ添える。これを食べて気を取り直しておくれ。

猫の子の機嫌が少し、回復したようだ。トモノリさんはアーモンドチョコを口に入れると、こんな話をしてきた。
『前に雑誌の表紙になっていた猫、覚えてる? キジトラの』
『あー、あの山さんに似てる猫ちゃん?』
『そうそう。この間、駅前の本屋に行ったら写真集が売っていたよ。あの表紙になってから、人気が出てきたみたいだね』

あの猫ちゃんは確かに、何とも味のある顔をしていた。もしあの猫ちゃんが人の言葉を話せるとしたら、自分のことを『俺様』と言うのではないだろうか。よき時代のガキ大将を思わせる。

『トモノリさん、その写真集は買ったの?』
トモノリさんは、少し間を置いて、コーヒーをひとくち飲んだ。
『息子と一緒だったからね、そのときは』
その表情が、クリスマスにタケちゃんがトモノリさん用に編んだスコティッシュフォールドの編みぐるみにそっくりだったので、タケちゃんの観察眼はなかなかのものだと感心してしまう。

奥さんと息子さんが、大の犬好きなのでトモノリさんは自分が大の猫好きであることを家族に隠し続けている。隠す必要もないような気もするけれど、トモノリさん流の気遣いらしい。

ここはそんなトモノリさんが猫好きな自分を目いっぱい解放できる数少ない場所なのだ。キジトラくんの写真集は近々、店の本棚に用意しておこうか。ここでなら、誰にも気兼ねなく眺められるものね。


『最近ね、保護猫活動をしているお客さんのところのホームページのお手伝いを始めたのよ。きのう保護されたばかりの猫ちゃんの動画、見る?』
答えは最初からわかっているので、返事を待たずにタブレットを差し出す。

トモノリさんはニコニコを通り越して、ニヤニヤしながら動画に見入っている。そして時々、タブレットに向かって話しかける。

『大丈夫だよ。シャーしなくても』
『そうかい、おいしいのかい。よかったねぇ』
『お、すごいジャンプ力だね。チビちゃん、君かっこいいぞ』

今回は、カウンター席に座って正解だったのではないかしら。それにしても、会社で経理課長をしているような男の人までもこんなふうにしてしまうのは、猫ちゃんならではの凄いところだわ。

『この子たち、よい里親さんが見つかるといいな。しあわせになってほしい』
デレデレしていたトモノリさんが、真面目な顔に戻ってつぶやく。本当にそうだ。


そろそろ深煎りモカの2杯目を淹れよう。これにはミルクを添えることになっている。窓の外を見ると、雪がまだ降り続けている。この猫ちゃんたちは、こんな寒い冬の日に、小学校の門のところで保護されたという話だ。ランドセルを背負った子どもたちが体操着で包んでチサトさんのところに連れてきたそうだ。


トモノリさんの指定席にいた3人の女性たちが帰っていった。
『テーブル空いたけど、どうする?』
『きょうはここにいるよ』
2杯目のコーヒーにミルクを入れながら、トモノリさんは答えた。私もその方がいい。

『他のお客さん、いないから私もコーヒー飲んでいいかしら?』
『好きなものを飲んで。ご馳走するよ』
そういう積もりで言ったわけでは、ないのだけれど。
『それじゃ、カフェオレをいただきます』
『子猫たち見てたら、牛乳が飲みたくなった?』
『そうみたい』

ボンボニエールの蓋を開けて、私たちの間に置く。
『この金色の包みのも、おいしいわよ。ホワイトチョコなの』
『あ、本当だ。コーヒーにも合うね。ねえ、栞さん。この真ん中の猫もホワイトチョコみたいな色してる。お尻のところの斑がハートマークになっているね』
『どれどれ? わー、きれいなハート模様。もうすぐバレンタインデーだから、この子を目立つところに載せようか』
『いいね! もし、この子がそばにいたら最高のバレンタインデーになるなぁ』

トモノリさんといると、どうしてか学生の頃のような気分になる。カフェオレが普段よりも甘く感じるのも、気のせいではないだろう。

雪はまだ止みそうもない。サンドイッチ用のからしバターもいつもより、固い。帰りまでには止むといいな。本屋さんに俺様猫ちゃんの写真集を買いに寄りたい。そう言えば、あの猫ちゃんは確か『ユキ』という名前だったな。