ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

アキノブさん 3

金髪の彼が、たくさんのフルーツと生クリームが添えられたプリンをタカコさんの前にガタンと音を立てて、置いた。そしてコーヒーの茶碗と受け皿をカチャカチャいわせながら、俺の前に置いた。

彼がカウンターに戻ったのを確認してから、俺たちは運ばれてきたものを取り換えた。正解はコーヒーがタカコさんのもので、プリンは俺のものだ。

巷では甘いもの好きな男もだいぶん市民権を得てきたような気がするのだが、金髪の彼の中ではまだプリンは女性のためのものであるらしい。

タカコさんは煙草を片手に、俺がプリンを食べている様子をじっと見ている。そして、クスッと笑った。
『格闘技みたい』
プリンはぷるぷると揺れて、何度もスプーンからこぼれ落ちそうになる。それを追いかける。ようやく口に運ぶ。

最近はクリームのような食感のプリンも多いけれど、この弾力のあるプリンのほうが俺は好きだ。このプリンに使われているのは、毎日ピアノの曲を聞いて育った鶏が産んだ卵だそうだ。だから、こんなにまろやかな味がするのかもしれない。よい音楽は鶏も人も関係なく働きかけてくれるのだろう。

またピアノの音が聞こえてきた。確かショパンの曲だ。この曲は胃薬のコマーシャルにも使われていた記憶がある。ピアノの前に座っているのは小さな女の子だ。側にいるのは父親だろうか。タカコさんが小声で言う。
『上手ね。私も、あのくらいの頃にピアノを習いに通ったことがあったの。両親は私を小学校の先生にさせたくて、ピアノも覚えさせようとしたのね』
初めて聞く話だった。
『だけど、音楽の素質が全くなくて3ヶ月でやめてしまったの。高校の教員なら、ピアノが弾けなくても問題はないものね』

音楽の素質か。確かにタカコさんがキッチンでお皿を洗っているときの鼻歌は、音程が合っていたためしがない。毎日ピアノを聞いている鶏の卵を食べたら、歌がうまくなるだろうか。ふと、そんな考えが頭をよぎった。
『プリン、おいしいよ。ひとくち食べる?』
『いいわよ。あなた、全部お食べなさいよ』

まあ、いくら歌が下手でも俺にとって、たいせつな人であることには変わりはないのだから。だけど、授業中の凛とした様子からは全く想像がつかないギャップが多い人だといまだに思わされる。

また、おじいさんと目が合った。おじいさんも小さな女の子の演奏を楽しんでいる様子だ。まだ一言も交わしていないのに、とても心が通じ合っているような気になってしまうのはピアノの取り持つ力なのだろうか。

カウンターの中では金髪の彼が、ピアノに合わせて首を振りながらガチャガチャとグラスを洗っている。タカコさんの煙草を持っていない方の指は、テーブルの上で鍵盤を叩くような動きをしていた。