ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

栞さんのボンボニエール 28

トモノリさんが経済新聞を読みながら、難しい顔をしている。コーヒーのおかわりはもう少し待っていた方がよさそうだ。ここで新聞を読むなんて、めずらしい。たいていはこの店が定期購読している猫ちゃんの雑誌を眺めて目尻を下げていることが多いのに。こういう表情を見ると、やっぱり経理課長さんなんだなぁ、と思う。

 

新聞をたたむと猫ちゃんのような伸びをして、言う。

『栞さん、きょうはハワイコナにしようかな。こう寒いと、気持ちだけでもハワイに近づけたくなるね』

『かしこまりました』

トモノリさんには定番のブレンドがあって、いつもそれを3杯ほど飲んでくれる。たまには気まぐれを起こしてストレートを選ぶこともある。

 

『休憩時間にうちの女性たちが、コンビニのシュークリームを食べながら、値段は変わらないのに前より小さくなったわよね、なんて言っててさ。おじさんみたいに経済新聞なんか読まなくても、ちゃんと流れをキャッチしているんだよね。やっぱり女性にはかなわないよ』

私も一応は女性なのよね。何と答えてよいものやら。

 

ハワイコナをトモノリさんお気に入りのサビ猫ちゃんを思わせる模様のカッブに注ぐ。そうだ、ボンボニエールの中にマカダミアナッツのチョコがあったわね。2つ取り出して、ソーサーに添える。

『あ、ありがとう。ハワイ感がアップするなぁ』

トモノリさんがチョコの包み紙を丸めながら言う。

『僕が若手の頃は、社員旅行がハワイだったよ。今じゃ難しいだろうな』

『あの頃って、そうよね。景気がよかったから。私にもハワイのお土産くれたわよね』

『え、そうだっけ?』

『ほら、白い猫ちゃんのキーホルダー』

『覚えてないなぁ』

 

トモノリさんがくれたキーホルダーはハワイのお土産なのに、コーヒーカップに入った白い猫ちゃんの形で『さすが無類の愛猫家だわ』と思った。よく見たら『日本製』と書かれていて、ちょっと笑ってしまった記憶がある。もちろん、トモノリさん本人には黙っていたけれど。その猫ちゃんキーホルダーには母のところと兄のところの鍵を付けていて、今でも現役だ。

 

 

『ねえ、栞さん。明日のランチタイムまでにガトーショコラ2ホール、予約できるかな?』

『大丈夫わよ』

『雪にもコンビニのシュークリームの小ささにも負けずに健闘してくれている、うちの課を労いたくなったよ』

そう言って、トモノリさんは本日3杯目のブレンドをひとくち飲んだ。領収書はいかが致しますか? なんて、野暮な質問はしないでおこう。