ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

レースのあとに

『おい、飯行くぞ』
この言葉をせんぱいが口にするときは、隠れたもうひとつの意味があります。

『勝ちましたね?』
にこにこ顔が『そうだよ』と言っています。

せんぱいは無類の競馬ファンで、しかも大穴狙いの人なのです。そして言葉の端々から、競走馬の引退後の生活のことも心にかけていることが伝わってきます。本当に競馬が好きな人とは、そういうものなのかもしれません。

このような競馬ファンと知り合うまでは、正直に言うと競馬とはギャンブルのひとつだ、という程度のイメージしかありませんでした。ですが、今では馬券は買わないまでも、テレビの競馬中継でお馬さんの走る美しい姿やジョッキーさんとお馬さんの仲良しぶりを眺めるのを楽しむようになりました。


せんぱいとは学生の頃からお世話になっていた会社で知り合いました。家族経営の温かみのある会社で辞めて何十年が過ぎても、遊びに行けるような雰囲気を持っています。

その会社の社長は夏になるとよく、下駄を履いて仕事の合間にコーヒーを飲みに行きます。飄々としたところがあり、喫茶店のスタッフさんと冗談を言って大きな声で笑います。

でも、仕事になると途端に独特の静かさに包まれて見ている側も、なにかハッとさせられます。
仕事に集中しきっている人の姿には、人の心に訴えかけるものがあります。せんぱいも社長のそういう姿を目の当たりにして、ずっと仕事を続けてきたのだろうと思います。


せんぱいが競馬と同じぐらいに好きなのがコーヒーで、食事のあとはいつもお気に入りのカウンターだけの渋い喫茶店に連れて行ってくれます。

そこで、このように注文するのです。
『豆の量を増やして、さらっと淹れて』
これは社長のお好みの淹れ方で、お店の人も快く承知してくださいます。

慕っている人の真似をしたくなるのは、何となく解る気がします。その人の小さな癖も見逃さず、真似をして、少しだけ距離が縮まったような気になることは身に覚えがあります。それに『学ぶ』の語源は『真似ぶ』だともいわれていますね。

社長とせんぱい、ジョッキーさんとお馬さんとの関係を見ていると、真剣な仕事とは、よい関係を創り出す土台なのかもしれないな…と思います。

社長には本当にお世話になりました。どうもありがとうございます。

そして、せんぱい、次のレースも頑張ってくださいね。