ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

リョウくん 4

食べかけのナポリタンにタバスコをかける。
秘伝のトマトソースはタバスコのパワフルな味にも、決して負けない。うまい。

アサミが突然、きりだした。
『ねえねえ、一目ぼれってしたことある?』
その言葉に思わず咳き込む。
『リョウくん、タバスコ辛かったの? まったくお子ちゃまだねぇ』

俺はタバスコのせいで咳き込んだのではない。お前がいきなり、変な質問をするからだ。
『一目ぼれ…私はないわ。だって、話をしてみないとどういう人かわからないもの』
と、リサ。お前の場合は、一目ぼれはされる側だよな。気がついてはいないだろうけど。

『そういう質問をするということは、アサミはあるということだよな?』
『ふふふ、これ、見てよ』
と言いながら、アサミは携帯を差し出した。

そこには仲のよさそうなカップルの画像があった。俺たちと同じくらいの歳だろう。
『この男の子、木曜日のドラマのショウくんに似ているわね。アサミ、この人のことが好きなの?』
アサミはきょとんとして、携帯を見直した。
『あー、違うよぉ。見せたいのはこの2人じゃなくて、この後ろの絵だよ』
よく見ると、カップルの後ろには額に入った絵が飾られている。

『中学のときの友だちがね、夏休みに彼氏さんと遊びに行った町の喫茶店で撮った画像だよ。猫好きの人には、ちょっと知られたお店みたい。この猫の絵、すごくない? もう、一目ぼれしちゃった』

あー、そっちか。よかった、ホッとした。アサミと恋の話なんて、勘弁だ。照れくさくてしかたがない。アサミとは恋愛の話をするには、距離が近すぎるような気がしている。

『ほら、もう徹底的に線を省いて、それなのに、ちゃんと猫だってわかるのって、すごくない?』
『本当ね。私はつい、描き込み過ぎてしまうもの。自分でも、線がうるさいなって思うことがあるわ』
『確かに、線の省き方が潔い絵だな。シュンスケのセンスに近いかもしれないな』
『でしょう? いつか、この絵に会いに行こうよ。3人でさ。この喫茶店、玉子サンドもおいしいらしいよ』

アサミは満足そうに、携帯を鞄にしまって、ココアを飲み始めた。アサミとリサ。よく、どっちが彼女なのかと聞かれるけど、そういうのではない。2人は俺にとっては、二卵性の双子の妹みたいなものだ。まあ、向こうも俺を弟のように扱っているような部分があるから、お互いさまだ。

アサミが『一目ぼれ』ということばを口にしたときに一瞬、緑が丘高校のヨシオカさんの笑顔が頭に浮かんだ。彼女は今年はどんな絵を出品するのだろうか。そして、俺のことを憶えていてくれているだろうか。そんなことを考えながら、ナポリタンを頬張った。

展覧会の日にちが、どんどん近づいてくる。俺はどんな絵を出品しようか。アサミの言う『苺チョコの色』を使うということしか決めていない。だけど、なんとかなるだろう。一目ぼれできるモチーフがきっと、見つかる。

リョウくん 3

普段はそんなにお喋りではないリサが雄弁になるのは、飼い猫のシャルルの話をするときだ。
アサミが言うとおり確かに『おじさん』という年齢になった猫だけど、長毛種で気品のある顔をしている。リサがリボンをつけたくなる気持ちも、わからなくはない。

俺は黙って2人のしている猫の話に耳を傾けていた。
アサミのスケッチブックの上には、どんどん猫が増えてきた。
『アサミ、この猫たち展覧会の絵に使わないの? とてもよく描けているけど』
『今回はね、もうテーマ決めちゃったよ。ほら』
そう言ってアサミはスケッチブックを捲った。
笑っている女の子の横顔がいくつか描かれている。

『この女の子、タカコ先生に似てないか?』
『あ、本当ね。この鼻のあたりとか』
『先生に似てる? そうかなあ? 今回はね、仲良しな女子高生が描きたくてさ。まだ、構図は決めてないけどね。2人は、どうするの?』
『俺はまだ、決まってない。だけど、お前がくれた苺チョコの色、ちょっと使ってみたくなったかも』
『リョウちゃんって、そういう色もこなせちゃうのよね。たしか、似た色のマフラーも持ってるわよね』
『そうそう、リョウくんには春のお花畑の色が似合うよ』
『それは、俺の頭の中がお花畑みたいだって言いたいのか?』
『ちがう、ちがう』
アサミとリサはクスクス笑っている。箸が転がっても、というやつだ。


『リサはもう決めたのか?』
『アサミが猫にしないなら、私、シャルルを描こうかな』
『リボンはつけるなよ。また怒るぞ』
『あら、シャルルは怒った顔もかわいいのよ』

『部長がシャルルさんを描くなら、私はおひさまも描きたくなっちゃうな。私たちの出品数も増えたことだし。なんか、猫とおひさまってすごくお似合いの組み合わせじゃない? 部長のシャルルさんの絵と私のおひさまの絵を並べて展示してもらいたいな。猫もおひさまも、見てるだけでしあわせな気分になれるよね』

アサミは特別ではないはずのことの中にも、ふとした楽しさや『しあわせ』をよく見つける。それがアサミの長所だと俺は思っている。だから、食べているときも本当に楽しそうに見えるのかもしれない。

それにしても…リサが小さなマドレーヌをまだ食べ終わらないうちに、フレンチトーストとかぼちゃプリンをすっかり平らげてしまう、というのはさすがにどうだろうか。

リョウくん 2

アサミはかぼちゃプリンを食べ終わると、何かを思い出したように、鞄を探り始めた。そして、小さな紙袋を取り出して言った。
『2人におみやげ。おいしそうな色だったから、クレヨン買っちゃった。この苺チョコみたいな色はリョウくんの。ピクルスみたいな色は部長のだよ。私のはね、ほら、かぼちゃプリンの色』


前の年に卒業した先輩が、2メートルを超えるような絵をクレヨンだけで描きあげた。黄色、オレンジ色、緑色そして、水色。この4色だけを使ったジャングルの絵だ。正面には迫力満点のライオンがいて、目が合うと本当に吠え掛かってきそうだった。

俺はクレヨンっていうのは、子どもの使うものだと思っていて、もうずっと使っていなかった。だけど先輩の絵に刺激を受けてからは、しばらく俺たちの間でもクレヨンが流行った。皆、何とかあんな凄い作品を仕上げたいと思ったのだが、誰も先輩の絵を超えることができないまま、ブームは下火になっていた。

『あ、そうだ。シュンスケにもクレヨンすすめてみようよ。あの子の絵だったら、クレヨンでわちゃわちゃーって描いたら、何かよさそう』
アサミは追加注文をしたカップケーキを食べながら、言った。

アサミは大食いで、ざっくばらんなように見えて、意外と部員の絵なんかは丁寧に観ている。リサ目当てで入部してきた1年生たちに、デッサンの仕方や絵筆の選び方を教えたのもアサミだった。

なるほど、シュンスケの絵は天真爛漫で、観ている人を自然と楽しい気持ちにさせる何かがある。職人技のように繊細にモチーフを捉えていくリサの画風とは、対照的だ。シュンスケがクレヨンを使いこなせたら、なかなかおもしろいことになりそうだ。


アサミは鞄から小さなスケッチブックを出すと、早速クレヨンを使って、キャットフードのコマーシャルの曲を口ずさみながら猫の絵を描き始めた。リサはクスクス笑って、その猫の頭にリボンを描き足した。

『家の猫にも、こんなふうにリボンを結んであげたの。そうしたら、ものすごく厭がって3日ぐらい遊んでもらえなかったのよ』
『だって、シャルルさんは、おじさんだもの。人間のおじさんだったら、リボンつけないよぉ』
『そうね。人間の歳にしたら、いつの間にかずいぶん年上になってしまったのよね』
リサはしみじみとした口調で言った。

リョウくん 1

デッサン教室の近くに、昭和時代から続いている喫茶店がある。店の前のガラスケースにはカレーライスやクリームソーダ食品サンプルが飾られている。リサは2時に来ると言ってたから、それまで何か食べていよう。ナポリタンがおいしそうだ。

大盛りのナポリタンとアイスコーヒーが運ばれてきた。粉チーズをたくさんかけて、さあ、食べよう。家で食べるよりもケチャップが甘い。これが秘伝の味、というやつなのかもしれない。

予定より、だいぶん早くリサが入ってきた。アサミも一緒だ。アサミは俺を見つけると
『よぉ』
と、片手をあげた。
リサは何も言わないで、ニコッとした。前に兄ちゃんと姉ちゃんと観た『存在の耐えられない軽さ』のサビナ役の女優に少し似ていると思う。


『あ、リョウくんまた食べてる。さっきコロッケパン食べてたのに。よく食べるねえ』
おいおい、お前が言うのか? アサミだって俺に引けを取らないぐらい、たくさん食べる。本当においしそうに食べる。料理の付け合わせみたいなものまで、食べる。サンドイッチのピクルスなんかは人の分まで食べる。

お店のおかみさんらしき人が、注文を聞きに来た。アサミはフレンチトーストとかぼちゃプリンとココアを、リサはマドレーヌとコーヒーをそれぞれに注文した。

リサはすぐに本題に入った。毎年、秋に開催される高校美術部展の作品についてだ。
『今回はね、くじ引きで広い場所がもらえたの。だから、2年生にはみんなよりも多く描いてほしいと思って』
『さすがは部長、くじ引き強いものねえ』
『先輩や1年生の意見は聞かないのか?』
『うん、先輩たちは受験があるから、ひとり1点が精いっぱいだと思うの。1年生は人数が多いし、まだ作品づくりに慣れていないようだから、まずは1点仕上げることを目標にしてもらうわ』


リサの言い分は筋が通っていると思う。部長として、俺たちをうまく纏めてくれている。だけど、リサにも鈍感なところがある。1年生の大半は元々、絵が描きたかったのではない、ということをわかっていない。あいつらは、リサが目当てで入部してきただけだった。だから絵の具の扱い方なんかは全く知らなかった。

それでも、その中の3人ぐらいは絵を描く楽しさに気が付き始めたようにも見える。きっかけはどうあれ、そういう後輩が増えるのはやっぱり嬉しい。
『1年生でも、シュンスケなんかは、結構おもしろいもの描いていると思うけど。何なら、俺の枚数減らしても、あいつに出品させてやりたいな』
『リョウちゃんが、そこまで言うのは珍しいわね。じゃあシュンスケくんにも聞いてみようか』

俺たちが展覧会の話をしている間にアサミはもう、フレンチトーストを食べ終えていた。絶対、アサミの方が大食いだ。

栞さんのボンボニエール 2

ジャムの空き瓶に100円玉を1枚入れる。それから、ハワイコナを淹れる。雨の日は、いつもとお客さまの顔ぶれが違う。伝票の束をチェックしながら、そう感じる。

女性2人、ケーキセット2つ。女性1人、ツナサンドと深煎りモカ。初めてのお客さまで深煎りモカを注文してくださる方は少ない。深煎りモカで思い出すのは、トモノリさんだ。毎回2杯は飲んでくれる。私がここで働く前からのお得意さまだ。

雨の日はあたたかいココアの注文が、普段よりも多い。いつもはアイスコーヒーの植木屋さんのお兄さんも、飲んでいた。
『雨が降ると、木が嬉しそうに見えるよ。だけど俺は寒くなったから、あたたかいものにしようかな。ココアがいいな。家じゃ飲まないから』
お兄さんは、友だちのことを話すように木の話をしてくれる。このあいだは、店の観葉植物に合うというお水を教えてくれた。


ハワイコナを飲みながら、ボンボニエールを開けて、アーモンドチョコを1つ。そして、もう1つ。

栞ちゃん、お疲れさま』
ミユキさんが手に茶色の大きな紙袋を提げて入ってきた。
『あー、重たかった。これ、またママが送ってきたのよ。家に置けないから、持ってきたわ』
紙袋から出てきたのは、猫の顔の形をした天板の小さな木のテーブルだった。
『おままごとの道具みたいよね。おとなが使うにはちょっとサイズが合わないと思うの』
『すごくきれいな飴色ね。いかにもマリコさんが好きそうな』
『そうなのよ。自分の家に置くならともかく、私の所に送ってくるから』
マリコさんの所も、もう置くスペースがないのよね。きっと』
『それなのに、好みの猫グッズを見つけたら、買わずにいられないのよ。ママは』
ミユキさんは呆れたように笑う。

『今、コーヒー淹れるね』
『いいわよ、自分で淹れるから。栞ちゃんは伝票やってて』
マリコさんはジャムの空き瓶に100円玉を入れると、ミルクを温めてコロンビアを挽き始めた。
『寒いとミルクが恋しくなるわ』
『わかるわ。きょうはお客さまも、ココアが多かったもの』
ミユキさんは猫の絵のついた大きなマグカップにカフェオレを注いだ。
『そう言えば、このカップもママのお土産だわ。オジサンっぽい顔の猫よね。好きだけど』
『私も同じの貰ったわ。確かニューヨークに行ったときのよね。家で甘酒を飲むときに使ってるの』
『ママも最近は海外には行かなくなったわ。日本の作家のものが欲しいらしいの』


マリコさんはこの店のオーナーで、あちこち旅行しながら猫グッズを探し求めている。最近では、若手の職人さんたちにオリジナルのグッズを作ってもらうことにも積極的だ。ミユキさんの話によると、このテーブルも旅先で知り合った美大生がつくったものらしい。この作品のタイトルは『そこに君がいるだけで』なのだそうだ。
『これ、絶対トモノリさんが好きそうね』
『あー、そうかも。じゃあ、トモノリさんの席の近くに置こうか』
マリコさんは小さなテーブルを窓側のトモノリさんがいつも座る席の方に運んだ。
『トモノリさん、喜んでくれるといいな』

ミユキさんは大仕事をした後のようにどっかりと私の横に座った。
『ミユキさん、チョコは?』
ボンボニエールをミユキさんに差し出す。
『ありがとう。この赤いのは?』
『それ、アーモンドチョコよ』
ミユキさんはチョコの包み紙をあれこれ折って
『ハート型の折り方って、どうだったかしら? 忘れちゃったわ。学生の頃、授業中に友だちにメモを回すときによくやったわよね』
と言った。

同じ世代だと、やることも似ている。私もよく、授業中にタカコやユリとメモのやり取りをした。先生に見つからないように、ずいぶんタイミングを待ったのを覚えている。


栞ちゃん、伝票整理たいへんだったらレジ変えるけど?』
『いいわよ。伝票を見ながら、お客さまとした話を思い出したりして、結構楽しいから。そう言えば、この前トモノリさんが、マリコさんのチーズケーキまたやって欲しいって言ってたわよ』
『最近、なかなかこっちに手伝いに来られないものね。栞ちゃん、お休み少なくなってごめんね』
『だいじょうぶよ、ここでの仕事は趣味でもあるから』
『ママが聞いたら泣いてよろこびそうな名言ね。まったく、栞ちゃんには頭が下がるわ』

カッコつけているわけじゃなく、本当にそうなのだから、仕方がない。ここに来るお客さまは皆、気さくで優しい人たちばかりだ。そして、マリコさんお見立ての愛嬌たっぷりの猫グッズたちとコーヒーの匂い。好きなものに囲まれながら、仕事ができるのだから幸せ者だ。

新入りの猫テーブルを見て、トモノリさんが、どんな反応をするのかも、今からとても楽しみだ。
きっと、気に入ってくれるだろう。

アサミちゃん 4

先生は教科書をめくって、私の描いたパラパラマンガを見直している。
『ここからの展開が面白いわよね。アサミさんのセンス、私、好きだわ』
そこは部長とリョウくんでさえも素通りした場面だった。
『子どもの頃、家ではマンガを買うことが禁止されていてね。学校でマンガの話題になるとついていけなかったの。それを見かねた栞ちゃんが、こっそり読ませてくれて。それがきっかけで仲よくなったのよ』

先生のお家は親戚もほとんどが教師をしていて、何よりも『勉強が1番たいせつだ』という考えの中で育てられたという。
栞ちゃんが学校生活の楽しい部分を教えてくれたのよね。そうじゃなかったら、この仕事をしていなかったかもしれないわ』

先生が先生になってくれて、よかった。私は会ったことないけど、栞さんにありがとう、と思った。


『教師になって初めてもらったお給料でね、読みたかったマンガを全巻揃えたの。今でも、たいせつに取ってあるわ』
マンガの話をしている先生は、全然おとならしくなくて、同じクラスにいたら、きっと仲よくなっていただろうな、という気がした。

そして私も、先生が何度も何度も読み返しているという『吾輩は猫である』をもう1度、ちゃんと読んでみようと思った。仲のよい友だちおすすめの本のように。


ココアをひとくち飲んだ。すっかり冷めていたけれど、おいしかった。ふと、学生の頃の先生と栞さんの姿が浮かんできた。展覧会に出す絵には、この2人を描くことにしよう。

アサミちゃん 3

先生は今まで食べた中では、この喫茶店のホットサンドが1番好きだと言う。学生時代にお友だちとよく行っていた喫茶店のものより『少しだけゴージャス』なのだそうだ。そして、この『少しだけ』というのがカギみたいだ。

『私はこのお店では、バナナブレッドをよく食べます。ホットサンドは初めてだけど、すごくおいしいですね』
『アサミさんは、ここにはよく来るの?』
『画材屋さんに来たときは、大体寄ります。この絵が、先生の後ろに飾ってある絵が好きで、観に来ています』

先生は振り返って、絵を眺めた。
『観ようと思って観ないと、気がつかないものね。ルソーの絵に似ているけど、少し違うみたいね。サインがあるわ。ヨシユキ、と読むのかしら』
『私、この絵の森には丸いめがねをかけたうさぎがいるような気がして。この木の後ろに』
『ふふ、そして、うさぎさんはこの木の穴に宝物をかくしているかもしれないわね』
『うさぎの宝物って、何だろう?』
『懐中時計かしら? 眼鏡をかけたうさぎさんなら』
『食べかけのピクルスかも』


学校では、そんなに話すことがない先生とこんなふうに話しているって不思議だ。
『ねえ、アサミさん。今、国語の教科書って持ってる?』
私は鞄から教科書を取り出した。
『教科書にパラパラマンガ、描いてるわよね』
怒られる? と思って先生の顔を見た。先生はにやりとして
『よかったら、見せてくれない? 授業中、ちらっと見えて、面白そうだなぁって思ってたの』

先生はときどき、ふふ、と笑いながら教科書をパラパラさせた。
『面白かったわ、ありがとう。さすが、美術部ね。デッサンがちゃんとしている』
『授業中に、ごめんなさい』

先生はちょっと驚いた顔をして
『あやまることは、ないわよ。私だって、授業なんて真面目に聞いたことなかったもの』

先生になるような人は、学校でもまじめで優等生なのだと思っていた。授業をひとことも聞きもらさないで、ノートをしっかり取るような。

そう伝えると、先生は
『私、よく授業を抜けて友だちと喫茶店に行っていたわよ』
と笑った。

次のバスに乗らないと、ドラマの時間には間に合わないだろうな。だけど、こうして先生と話している方が楽しい。ドラマはきっと、部長が録画しているはずだから、貸してもらおう。