ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

カホコさん 3

タケオ先生が、美しい羊羹を口に運ぶ様子を眺める。先生は本当に所作がきれい。私もつられて、いつもよりもあんぱんを細かくちぎる。
『小豆とコーヒーって、意外と合うものですね。マメなもの同士、相性がいいのかな』

小豆のお豆とコーヒーのお豆をかけた駄洒落。お茶席にいる時のような仕草で、ふと先生が呟いた。それを聞いて私もひとつの駄洒落を思い出したので、言ってみる。
『羊羹はよう嚙んで食べにゃあ、いかんよう』

タケオ先生が楽しそうに笑う。
『カホコさん、それ面白いですね』
『これは、小学校のときの教頭先生がよく言っていた駄洒落なんです。お家に遊びに行くと、いつも羊羹をご馳走してくれて』


教頭先生のお家には陽当たりのいい縁側があって、いつもそこに座って羊羹とほうじ茶をいただいていた。羊羹は教頭先生の大好物で、生徒たちが遊びに行くと上機嫌で奥さんに
『母さんや、羊羹を持ってきておくれ』
と言って、お鮨屋さんのようにお魚の漢字がたくさん書かれた湯のみに入ったほうじ茶と一緒に、羊羹を頬張っていた。そんな思い出もあるので、私の中では羊羹は豪快なイメージの食べ物だった。だから、このお店でタケオ先生の羊羹を見るまでは『陰翳礼讃』の羊羹の箇所がずっと腑に落ちなかったのだ。

このぐらいの時期だと、教頭先生のお庭には秋海棠の花が咲いていた。

『今回、教えてくださった作品は秋海棠がモチーフだとおっしゃっていましたね。先生は秋海棠がお好きなんですか?』
『僕が、というよりは僕に編み物を初めて教えてくれた祖母のお姉さんの好きな花なんです』

先生はお家の事情で、子どもの頃はよくお祖母さんのお姉さんのお宅で過ごしたそうだ。そのお庭には、よく手入れされた秋海棠がたくさん咲いていたという。

『今回の作品は、小さく編めば卓上のマットにもなりますし、大きく編んで、ストールにしても楽しめますよ。是非、試してみてください。講座では木綿の糸を使っていただきましたけど、麻で編んでも素敵ですよ』

作品の解説をしてくれる先生の中に、一生懸命に毛糸を編んでいる少年の姿が重なった。先生の話をもっと、聞いていたい。
『先生、コーヒーをもう1杯いかがですか?』
『そうですね。いただきましょうか』