ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

壜の中には

ビルの8階にある教室から、隣の部屋へ移動します。部屋の片隅には背の高い白い棚。そこには業務用サイズのインスタントコーヒーの壜が2本並んでいます。片方にはコーヒーの粉、そしてもう片方には、たくさんの小銭と千円札が数枚入っています。

そこは、先生の『それでは、少し休憩しましょうか』という言葉とともにオープンする小さな『カフェ』です。

壜に50円硬貨を入れたら、紙コップにコーヒーの粉を入れ、電気ポットのお湯を注ぎます。
年齢も職業も違うクラスメイトたちが紙コップを片手に壁にもたれかかり、ホッと一息。少し遅れて、先生も入ってきます。

先生も生徒たちもみんな、壜に50円硬貨を入れて、自分のコーヒーを用意します。ときどき『千円入れて、お釣り950円もらうから、確認してね』などという声も。

レッスンのときは真剣な表情の先生も、ここではやわらかい表情になって、出身地の話などを聞かせてくれます。

紙コップのインスタントコーヒーでも、お洒落なカフェでいただくコーヒーに負けないほどに楽しめるのは、誰も見ていないときでも、みんながきちんと50円ずつ支払っているからなのかもしれません。

いくつも教室があって、日に何十人もの生徒が出入りしているのにもかかわらず、この『カフェ』で壜の中のお金のトラブルが起きたという話は聞いたことがありません。当然、といってしまえばそうなのですが、その『当然』がきちんとはたらいていることが何だかとても心地よいです。

美味しいコーヒーをいただくには、インテリアや食器、技術もとても重要だと思います。ですが、その場所に集まる人たちの持っている『空気』のようなものの影響は、さらにたいせつなのかもしれない、そう思いました。